鉢谷三郎の場合 



「だーいせいこう」
といってぽっかり丸い空に顔を出した下級生は、もともと大きい眼をさらに丸くする。
「めずらしいお客様」
「・・・・おかげ様で、すごく屈辱的な気分だよ」
珍かな客人であるところの五年生、鉢屋三郎は、口をゆがめて上を見上げた。
丸天井の眩しさに、この穴の思いのほか深いことを知る。やはり学園きっての穴掘り小僧、綾部喜八郎の掘っただけのことはある。そう思うと余計に腹立たしく、彼は今壮絶に機嫌が悪かった。

「いい眺めですね」
「この体勢からでも、君の首を落とすことだって出来るんだからな」
「それは御免こうむります」
おお怖、と表情一つ変えずに言って、小憎たらしい後輩は身を引いた。
「先輩をなめたりしてません。だからどうせ一人で上がってこられますね。では」
「・・・・。」
どこまで小憎たらしいのか。
たしかに上がれないこともないがしんどそうだ。
そんな鉢屋の胸中を知ってか、綾部がもう一度顔を出す。
そして予想もしなかったことを言った。

「      」

「は?」
「ですから、好きなだけそこにいらっしゃればいいと言ったんです」
「・・・何のために」
「そこなら誰にも見られません。私ももう興味が無いので、覗きに来たりしませんから。
 だから、いくらでも素顔に戻れます。」
それでは、と言って今度こそ本当に綾部は去っていった。
それはもう、実にあっさりと。

「な・・・・。」
もう腹を立ててよいやら呆れてよいやらわからない。
たしかに学園のこんな端の穴、誰かが通るとも思えないのだが。
そっと彼は顔の皮膚に触れた。そこには同級の親友の顔があって。
いや。
誰も来ないということは、本当に自力で這い上がらなければいけないということだ。
鉢屋はやはり、猛烈に機嫌が悪かった。



30分後くらい?に自力脱出。