三反田数馬の場合 



「だーいせいこう」
 と言って穴を覗いた先輩が、小さなため息を漏らしたのが聞こえてしまった。
「…綾部先輩、ため息はつかないでください…」
「いや、またか、と思って…」
「誰のせいですかっ!?」

 この小さな丸い空をなんど見たことか。その元凶がしゃがみこんでいるので、髪のひと束が穴に落ち、光を反射してはしごのようだ。同級の浦風藤内が、自分の髪と先輩の髪は似ている、と前に言っていたのを思い出した。ふわふわと柔らかくて、いくつもの波のような房が揺れる髪。けれど綾部先輩は冬の色、数馬は春の色だと。

  「その穴、五年生を狙って掘ったのに。なんできみがいるの」
「五年長屋の厠へ、落とし紙の補充に行こうとしてて」
「おやまあ、不運」
「いまさら言われるまでもありません」

 冬のうす曇りは夜間の冷え込みがない分、快晴の朝の刺すような寒気を免れる。雪にすべてが飲み込まれる地方で育った数馬は、学園に来て、曇り空が明るく見える冬を初めて知った。
 綾部先輩の光を映す灰色の一筋は、太陽を透かすあの雲のようだ。

   黙り込んだ数馬を意に介する風もなく、先輩は立ち去りかける。が、鋤を担いだ中腰のまま固まってしまった。
「先輩?」
「誰かに会ったら、ここに落ちてるよって言ってあげようかと思ったんだけど、」
「もしかして僕の名前、覚えてないんですか」
「というか聞いたっけ」
「・・・・三年は組、三反田数馬です」
 そういえばちゃんと自己紹介したことは無かった気がする、と思いながら名乗る。
 頭上の先輩は先ほどの姿勢のまま、大きな目をぱちくりさせた挙句、

「・・・・・・・・・・・・散々だ数馬?」

 ああもう、一瞬でも髪に見とれるんじゃなかった、と数馬は小さく地団太を踏んだ。




 大体合ってるよ!