竹谷八左ヱ門の場合 



「だーいせいこう」
 と覗いた影があったが、竹谷は気にしない。
 そおっと、目の前の土壁から幼虫をほじくり出す。めったに見掛けない種で、自然と口元がほころび、胸が躍るのを感じた。すると竹谷の熱中していることに興味があったのか、すすす、と影が移動してきて手元を暗くした。これはいただけない。

 ようやく竹谷が目を上げると、もともと丸い目をさらにまんまるくした後輩が自分を覗きこんでいた。

「竹谷先輩、楽しそうでなによりですね」
「うん、まあちょっとね」

 ちょいちょい、と指の先で幼虫の頭をつつくと、ころりと太ったそれは似合わぬ俊敏さで身体を丸めた。
 その腹に並んだ3つの斑点は玉虫のような玄妙な色合いで、穴底に届いた光を反射してきらりと光った。
 そういえばこの前三郎が、穴にはまったと大層不機嫌な顔をしていたっけ。
 しかし土に親しめばこうして思わぬ発見もあるというもので、綾部の穴というのは少なくとも自分にとっては、悪いことばかりではないのかもしれない。

「土の中にはこういうやつらがたくさんいるんだ。
 綾部も掘るばかりじゃなくちょっと見てみたらいい」

 先輩も穴掘りに夢中になるんですか、と聞きながら、綾部は露骨に眉をしかめる。

「ただでさえ七松先輩に侵食されてる地面が、さらに狭くなるのは嫌です」

 いや、君や七松先輩と肩を並べるなんてどう考えたって無理だから。
 思わず首と両手をちぎれんばかりに横に振った。





 常識の範囲内です。